ChatGPTが文章を書く。画像生成AIがデザインを作る。データ分析もAIが一瞬でやってくれる。「では、人間は何をすればいいのか」。この問いに対する答えが、経営者の明暗を分ける時代が来ている。

結論から言おう。人間に残された最も重要な仕事は「抽象力」だ。曖昧なものに定義を与え、構造を作ること。これだけはAIにはできない。

抽象と曖昧は、まるで違う

「抽象的」という言葉に、多くの人はネガティブな印象を持つ。「抽象的でよくわからない」「もっと具体的に」。しかしこれは抽象と曖昧を混同している。

曖昧とは、定義がないこと。「なんかいい感じ」「雰囲気で」「適当に」。これは曖昧だ。一方、抽象とは定義があること。しかもその定義は再現可能で、Yes/Noで判断できる。

抽象とは曖昧さではなく、再現可能な定義を持つ思考のこと。「なんとなく良い」を「なぜ良いのか」に変換できる力。それが抽象力だ。

たとえば「良い接客」は曖昧だ。人によって解釈が変わる。しかし「顧客の不安を3つ以内に言語化し、それぞれに対する解決策を提示する接客」は抽象的でありながら定義がある。誰がやっても再現できるし、できたかどうか判断できる。

なぜAIには抽象力がないのか

AIは本質的にYes/Noの二値処理で動いている。与えられた定義に従って、膨大なデータを処理することは得意だ。しかし「そもそも何を定義すべきか」を決めることはできない。

AIに「良いマーケティング戦略を考えて」と言えば、それらしい回答は返ってくる。しかしそれは過去のデータの組み合わせに過ぎない。「自社にとっての良いとは何か」「この市場における勝ちパターンとは何か」という定義そのものを創り出すのは、人間の仕事だ。

抽象力には2つの種類がある

定義力 — 点を打つ力

曖昧なものに名前をつけ、境界線を引く力。「うちの強みは何か」「顧客が本当に求めているものは何か」「この事業の本質は何か」。こうした問いに対して、明確な定義を与えられるかどうか。これが定義力だ。

俯瞰力 — 面を見る力

個々の要素を一段上から見て、全体の構造を把握する力。木を見て森を見る、ではなく、森の形そのものを描ける力だ。自社のビジネスを「定数と変数の構造」として捉え直すのも、俯瞰力の一例だ。

今日から抽象力を鍛える方法

抽象力は生まれ持った才能ではない。鍛えられるスキルだ。最もシンプルな方法は「定義してみる」こと。

「うちのサービスの価値は何か」を一文で定義してみる。「うちの顧客はなぜ買うのか」をLF8の8つの欲求に当てはめて言語化してみる。「自分のビジネスの定数は何か」を明文化してみる。

最初はうまくできなくて当然だ。しかし定義しようとする行為そのものが、抽象力を鍛えるトレーニングになる。AIに具体的な作業を任せる時代だからこそ、「何を作るか」「なぜ作るか」を定義できる人間の価値は、これから上がり続ける。

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